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    2026/02/14

    勉強しても伸びない──「1万時間の法則」をデータで検証してわかった、デジタルマーケティングスキルの”壁”の正体

    永井 雄一

    株式会社S-fleage 代表取締役CEO
    京都大学大学院 MBA|同志社大学大学院 博士課程在籍

    サイバーエージェントでデジタルマーケティング戦略支援に携わった後、2016年に創業。デジタルマーケティング領域は10年以上のキャリア。

    目次

    • 1 マーケティングの「学び」に投資が集まっている──それでも埋まらないスキルギャップ
    • 2 「量をこなせば伸びる」は本当か──1.1万人のメタ分析が示した不都合な数字
    • 3 991人の学習データで、自分たちでも検証してみた
    • 4 結果①──学習時間の説明力はわずか3.6%
    • 5 結果②──同じ時間を使っている人の中で、差を生んでいたもの
    • 6 結果③──上位12%のプロファイル──時間ではなく「前提条件」が揃っている人たち
    • 7 デジタルマーケティングのスキルにも、同じ構造がある
    • 8 「どれだけやるか」ではなく「何の上でやるか」
    • 9 補足:本記事で使用した分析手法

    マーケティングの「学び」に投資が集まっている──それでも埋まらないスキルギャップ

    2022年10月、政府は「5年で1兆円」のリスキリング投資を表明しました。2025年度予算案にはリスキリング補助金545億円、デジタル人材育成537億円が計上されています。その対象領域には、デジタルマーケティングが明確に含まれています。

    企業側の危機感も強まっています。シナジーマーケティングが2025年11月に公表した調査では、経営層が考えるマーケティング担当者の不足スキルとして「生成AI活用」と「高度データ分析」がともに44.0%で並びました。足りない、育てなければ、という意識は確実に広がっています。

    ところが、投資と成果の間には不穏なギャップがあります。Gartner Japanの調査によれば、DX人材育成に3年以上取り組んでいる企業でも、実際に成果を実感しているのはわずか24%にとどまっています。Reskilling Campの調査では、リスキリング施策の失敗要因として「研修内容と実務のミスマッチ」が45.6%、「従業員任せで成果につながらなかった」が37.2%を占めました。

    お金も時間もかけている。ウェビナーに参加し、資格を取り、実務でも手を動かしている。それなのに、思ったほどスキルが伸びない。この停滞感を感じたことのあるマーケティング担当者は少なくないのではないでしょうか。

    「もっとやらなきゃ」と量を増やす前に、立ち止まって考えるべきことがあるかもしれません。そもそも「量をこなせば伸びる」という前提は、本当に正しいのでしょうか。

    「量をこなせば伸びる」は本当か──1.1万人のメタ分析が示した不都合な数字

    「1万時間の法則」という言葉があります。心理学者アンダース・エリクソンが1993年に行ったバイオリニストの研究がベースで、トップレベルの演奏者は20歳までに約1万時間の練習を積んでいたという結果でした。これをマルコム・グラッドウェルが2008年のベストセラー『Outliers(天才!)』でキャッチーに広め、「1万時間やれば一流になれる」というメッセージとして世界中に浸透しました。

    具体的な数字で語られる希望のあるメッセージは覚えやすく、広まりやすいものです。しかし、その後の研究は異なる結論を示しています。

    2014年、Macnamaraらが88の研究(約1.1万人分のデータ)を統合したメタ分析を発表しました。「意図的な練習(deliberate practice)」がパフォーマンスをどれだけ説明するかを調べたものです。

    結果は、練習量が成績の差を説明できる割合は全体でわずか12%でした。しかも分野によって大きく異なります。ゲームでは26%、音楽では21%、スポーツでは18%。ところが教育になると4%、そして職業(仕事)ではほぼ0%まで下がります。

    職業でほぼ0%。つまり、仕事のパフォーマンスに関しては、練習量では差がほとんど説明できないということです。

    この数字を見たとき、単純な疑問が湧きました。本当に「量」はそこまで効かないのか? 論文の引用だけでなく、自分たちの手でデータを使って確かめてみたいと思いました。

    991人の学習データで、自分たちでも検証してみた

    使ったのは、ポルトガルの中等教育機関で収集された学生の学習データです。カリフォルニア大学アーバイン校(UCI)が公開しているもので、数学コース395人とポルトガル語コース649人、合計1,044人分のデータが含まれています。成績がゼロ(未受験・中途離脱と推定される)の53人を除いた991人を分析対象としました。

    データは以下のリンクから誰でもダウンロードできます。

    UCI Machine Learning Repository – Student Performance Data Set

    https://archive.ics.uci.edu/dataset/320/student+performance

    このデータの面白いところは、「勉強時間」だけでなく、家庭環境、学校のサポート体制、過去の学業経験など、30以上の変数が記録されている点です。勉強時間以外に何が成績に影響しているのかを、多角的に検証できます。

    分析は2段階で設計しました。

    まず第1段階。勉強時間だけで成績を予測します。これは、採用面接で「経験年数」だけを見て合否を判断するようなものです。年数だけでどこまで予測が当たるかを確かめます。

    次に第2段階。勉強時間に加えて、母親の学歴、父親の学歴、進学意欲、学校の補習サポート、自宅のインターネット環境、科目の違い、過去の落第経験──この7つの変数を加えます。履歴書の「経験年数」に加えて、「学歴」「前職での実績」「職場環境」も考慮に入れて、予測精度がどう変わるかを見る、ということです。

    予測の精度を測る指標として、決定係数(R²)を使います。これは「100点満点の予測テストで何点取れるか」と考えるとわかりやすいです。R²=0.10なら10点分の予測力があるということで、残り90点分は説明できていません。

    結果①──学習時間の説明力はわずか3.6%

    第1段階の結果から見ていきます。

    勉強時間だけで成績を予測した場合、R²は0.036でした。つまり100点満点の予測テストで、3.6点しか当たらなかったということです。Macnamaraのメタ分析が示した12%よりもさらに低い数字です。

    散布図を描くと、回帰線はわずかに右上がりですが、データの点はほぼ均一にばらついています。勉強時間が少ない人にも成績上位者がいますし、勉強時間が多い人にも成績下位者がいます。「たくさん勉強した人ほど成績が良い」という関係は、統計的には有意ですが、実質的にはほとんど見えません。

    第2段階。7つの統制変数を加えると、R²は0.227に跳ね上がりました。100点満点で22.7点。勉強時間だけの3.6点から大幅に改善しています。

    ここで重要なのは、勉強時間の「純粋な貢献」がどうなったかです。統制変数だけ(勉強時間を除く)のR²は0.209で、勉強時間を加えたことによる上乗せはわずか1.8ポイントでした。

    つまりこういうことです。第1段階で「勉強時間の効果」と思われていた3.6%のうち、約半分は他の変数との「かぶり」で膨らんでいたもので、勉強時間の純粋な寄与は1.8%しかありませんでした。

    比喩で言えば、ジムに通う時間だけで体力テストの結果を予測しても、100点中3.6点しか当たりません。トレーナーの有無、食事管理、過去のケガの有無なども考慮に入れると22.7点まで上がりますが、「ジムに通った時間」の純粋な貢献は1.8点分だけです。残りの改善はすべて他の要因が説明しています。

    結果②──同じ時間を使っている人の中で、差を生んでいたもの

    ここで問いを転換します。

    「勉強時間は効かない」で終わらせるのではなく、「同じ時間を使っているのに、なぜ差がつくのか?」を掘り下げたいと思います。

    データの中で最もボリュームが大きいのは、週2〜5時間勉強しているグループ(studytime=2)で、480人います。この480人は同じ勉強時間なのに、成績は5点の人もいれば18点の人もいます。この差は何が生んでいるのか。

    480人を対象に重回帰分析を行い、成績との相関が強い要因を特定しました。さらに、このグループ内で成績上位25%と下位25%を比較しました。

    結果は明快でした。

    もっとも強く成績と結びついていたのは、過去の落第経験(failures)です。相関係数r=-0.37。落第を経験した生徒ほど、同じ勉強時間を費やしていても成績が低くなっています。上位25%の平均落第回数は0.00回──つまり全員が一度も落第していません。一方、下位25%は平均0.54回でした。

    次に強かったのは欠席日数(absences)。r=-0.24。下位25%の平均欠席日数は7.2日、上位25%は3.1日。倍以上の差があります。

    そして母親の学歴(Medu)。r=+0.20。下位25%の平均は2.35(中学校相当)、上位25%は3.01(高校〜大学相当)でした。

    逆に、進学意欲(higher)や家族関係の良さ(famrel)、家族からの学習支援(famsup)は有意な差を生んでいませんでした。「やる気がある」だけでは差がつかないのです。

    料理に例えると、同じ時間キッチンに立っている2人の料理人がいるとします。片方は美味しい料理を作り、片方はそうでもない。その差を生んでいるのは「キッチンに立つ時間」ではなく、「食材が冷蔵庫に揃っているか」「過去に大きな失敗で自信を失っていないか」「そもそも厨房にちゃんと通っているか」だった、ということです。

    結果③──上位12%のプロファイル──時間ではなく「前提条件」が揃っている人たち

    視点をさらに絞ります。成績上位12%(20点満点中15点超、122人)に入っている人のプロファイルを、ロジスティック回帰で分析しました。

    ロジスティック回帰というのは、「Aグループに入るか・入らないか」を予測する手法です。ここでは「上位12%に入るかどうか」を予測して、どの変数が確率を上げているかを見ました。

    結果をオッズ比(OR)で示します。ORが1より大きいほど上位に入りやすく、1より小さいほど入りにくい、という読み方です。

    母親の学歴(Medu)のOR=1.58。母親の学歴が1段階上がると、上位に入る確率が58%上がります。

    過去の落第経験(failures)のOR=0.22。落第が1回増えると、上位に入る確率は78%下がります。

    学校の補習サポート(schoolsup)のOR=0.17。補習を受けている生徒は上位に入る確率が83%低くなっています。ただしこれは因果が逆の可能性が高く、成績が低いから補習を受けているのであって、補習が成績を下げているわけではないと考えられます。

    勉強時間(studytime)のOR=1.34。統計的にはギリギリ有意ですが、他の変数に比べて影響は控えめです。

    そしてもうひとつ、モデルが計算できなかった変数があります。進学意欲(higher)です。上位122人の全員がhigher=yes、つまり進学意欲ありでした。進学意欲がない人はこのグループに一人もいません。進学意欲は上位に入るための「足切り条件」のように機能していました。

    ここから浮かぶプロファイルは明確です。上位層は「たくさん勉強した人」ではなく、「学習が機能する前提条件が揃っている人」でした。過去に大きなつまずきがなく、継続的に学習機会に触れ、家庭の知的環境が整っていて、進学意欲がある。そういう土台の上に勉強時間が載っている、という構造です。

    デジタルマーケティングのスキルにも、同じ構造がある

    ここまでの分析は教育データであり、デジタルマーケティングのスキルを直接測定したものではありません。その点は明確にしておく必要があります。ただし、「量の限界」と「土台の重要性」という構造は、マーケティングの現場でも思い当たる節があるのではないでしょうか。

    冒頭で紹介したGartnerの調査を思い出してください。3年以上DX人材育成に取り組んでも、成果を実感している企業はわずか24%。失敗の主因は「研修内容と実務のミスマッチ」と「従業員任せ」でした。

    これは今回のデータ分析で見えた構造と重なります。量(研修時間・受講数)を増やしても、土台(実務との接続・フィードバックの仕組み・学びの前提条件)が整っていなければ成果にはつながらないのです。

    デジタルマーケティング担当者のスキル習得にも、フェーズがあると考えています。

    最初の1年ほどは、基本的な概念やツールの使い方を覚えるフェーズです。SEOの基礎、広告管理画面の操作、レポートの型。ここは「量」が効きやすい時期です。インプットを増やした分だけ、できることが増える実感があります。

    しかし2〜3年目になると、伸びが鈍化します。一通りの知識は身についた。でも「知っている」と「成果を出せる」の間に、説明しにくいギャップがある。ウェビナーに参加しても、以前ほどの学びが得られない。量を増やしているのに、成長の曲線がフラットになっている。

    今回の分析が示唆するのは、この停滞の原因が「量が足りないから」ではない可能性です。勉強時間の純粋な寄与が1.8%しかなかったように、「もっとやる」では差がつかない局面があります。差を生んでいるのは、時間の量ではなく、学びが機能するための前提条件──自分の仮説を持って学んでいるか、失敗を次に活かす仕組みがあるか、学んだことを実務で試せる環境があるか──こうした土台の方かもしれません。

    繰り返しますが、これは教育データからの示唆であり、マーケティングスキルへの直接的な証明ではありません。しかし、量の逓減と土台の重要性という構造は、スキル習得全般に共通して観察されるパターンです。少なくとも、「もっとやらなきゃ」の一択で突き進む前に、立ち止まって自分の学びの土台を点検する価値はあるのではないでしょうか。

    「どれだけやるか」ではなく「何の上でやるか」

    今回の分析を通じて見えたのは、パフォーマンスの差は「どれだけやったか」ではなく「どんな土台の上でやっていたか」で説明される、という構造でした。

    勉強時間は水の量です。しかし成果を分けているのは土壌の質でした。同じ量の水を注いでも、肥沃な土壌なら作物が育ち、痩せた土壌なら育たない。

    もちろん水がゼロなら何も育ちません。勉強しなくていいという話ではないのです。ただ、ある程度の水を注いだ先で差がつくのは、水の量ではなく、土壌の状態です。

    マーケティングのスキルで言えば、水を増やすこと(ウェビナーを増やす、資格を取る、記事を読む)は必要条件ですが、十分条件ではありません。伸び悩みを感じたとき、「もっと水を注ぐ」のか、「土壌を耕す」のか。この判断そのものが、次のフェーズへの入口なのだと思います。

    自分の土壌が今どんな状態にあるのか。そこを点検することが、「量を増やしても変わらない」という壁を越えるための最初の一歩になるかもしれません。

    補足:本記事で使用した分析手法

    データ:UCI Machine Learning Repository「Student Performance Data Set」(Cortez & Silva, 2008)
    分析対象:991人(数学コース+ポルトガル語コース、G3=0を除外)
    Stage 1:単回帰分析(studytime → G3)
    Stage 2:重回帰分析(studytime+統制変数7個 → G3)
    Analysis A:同一studytime群内での重回帰分析
    Analysis C:上位層のプロファイリング(ロジスティック回帰)
    すべて相関分析であり、因果関係を証明するものではありません。

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